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ep33 帰国

Author: 根上真気
last update Last Updated: 2025-05-02 07:01:49

【8】

城を後にした王子たちは、早々に帰国の途についていた。

島国の〔ブラッドヘルム〕の港から、〔ウィーンクルム〕の港までは、船でニ時間あまりを要する。すでに夜だったが〔ウィーンクルム〕が誇る魔導式船舶であれば何も問題はない。だからフェリックスの意見で少しでも帰国を早めたのだった。

誰もウィーンクルムとブラッドヘルムを行き来する商船に、王子二人が乗っているとは思いもしないだろう。入国も出国も、いずれもフェリックスの指示で、部下のグレグソンが手配した。第一王子にとって、お忍びでブラッドヘルムを行き来することは容易かったのである。

「つーかよ」

王子用に用意された客室の中、レイナードは正面に座るフェリックスへ切り出した。

「マジで兄貴は何がしたいんだ?」

弟の顔には当惑の色が浮かんでいた。兄はふっと頬を緩めて、穏やかに微笑む。

「ディリアス様とお話したことがすべてだよ?」

「どうせ俺に説明してもわからねーってことか」ふんっと弟は腕を組んで顔を背けた。

「物事にはタイミングというものがあるからね」とフェリックス。

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